たんぱく質の吸収

食べ物の行方シリーズ

私たちは食べることによって生命活動を営んでいますが、食べたものがどの程度吸収され、どこへ運ばれて行くのかを知る人は少ないのではないでしょうか?
この疑問を突き止めたのが、ルドルフ・シェーンハイマーという人物です。

彼は、たんぱく質を構成するアミノ酸に着目しました。
アミノ酸にはすべて窒素が含まれています。
通常の窒素は、原子核に陽子が七個、中性子が七個含まれて、質量は14と表されます。
ところが自然界の窒素の中には、陽子が七個、中性子が八個を含む異端児が存在し、その質量は15となります。
これを「重窒素」と呼びます。
普通の窒素(N14)と重窒素(N15)は、質量分析計を用いることで見分けができることから、シェーンハイマーは重窒素(N15)を追跡子(トレーサー)として生物実験に用いることにしました。

生物実験には、普通の餌で育てらたネズミを使用し、一定の短い時間だけ重窒素で標識されたロイシンというアミノ酸を含む餌を与えることを試みました。
ネズミを選ぶ際には、成熟した大人を選択します。
その理由は、成長中の若いネズミならば、摂取したアミノ酸は身体の一部に組み込まれる可能性が高く、その一方で成熟したネズミならば、その可能性は低く、体重の増加を心配する必要がないからです。
シェーンハイマーは、実験前に以下のように予想しました。

「必要なだけ、ネズミに食べられた餌は、生命維持のためのエネルギー源として燃やされる運命にあるので、摂取した重窒素アミノ酸もすぐに燃やされることになる」と。
ほとんどの重質素が対外へと排出されると思われていたのですが、果たして、この動物実験の結末はどうなったのでしょうか?

 

シェーンハイマーは、成人したネズミでは、ほとんどが体外に排出されると予想していました。

ところが、実験結果は、尿としては投与量の27.4%、糞としては2.2%と、体外に排出された量は、二つを合わせても全体量の三分の一にも及びませんでした。
それでは残りの重窒素はどこへ行ったのでしょうか?
答えは、投与量のなんと56.5%が、身体を構成するたんぱく質の中に取り込まれていたのです。
しかも、その取り込み場所を探ってみると、身体のあらゆる部位に分散されていたことがわかりました。
取り込み率が高いのは、腸壁、腎臓、脾臓、肝臓などの臓器と、血清(血液中のたんぱく質)であり、消耗しやすいと考えられていた筋肉への取り込み率ははるかに低いことがわかりました。

このようにシェーンハイマーの予想は完全に外れてしまったのですが、新たな発見もありました。
一つは、恐ろしく速いスピードで、たんぱく質が多数のアミノ酸に一度、バラバラになり、その後一から紡ぎ合わされて新たにたんぱく質に組み上げられるということです。
もう一つは、体重が増加していないことから、新たに作り出されたたんぱく質と同じ量のたんぱく質が恐ろしく速いスピードで、バラバラのアミノ酸に分解され、体外に排出されていることです。
たった三日間の食事によって、ネズミを構成しているたんぱく質の約半数が、がらりと置き換えられたことになります。

この実験から判ったことの一つに、我々の肉体を構成している細胞内では、分子レベルでの恐ろしいほど速いスピードの入れ替えが行われていることです。
私たちの感覚では、「自己」という外界とは隔てられた個物としての実態があるように思ってしまうのですが、分子レベルにおいて担保されているものは存在しないことになるのです。
まさに「諸行無常」であり、「生きている」ためには、高速で行われている「入れ替わり」がきちんと行われている必要があるのです。

 

シェーンハイマーは、重窒素を使った動物実験で、さらなる試みをしました。

それは、投与された重窒素アミノ酸が、身体のたんぱく質中の同一種のアミノ酸と入れ替わるのかどうかを確かめることでした。
つまり、餌に含ませたアミノ酸のロイシンが、体内のロイシンと置き換わったどうかを調べたのです。

 

 

まずネズミの組織のたんぱく質を回収し、それを加水分解してバラバラのアミノ酸にします。
性質の差によって20種類のアミノ酸に分別し、質量分析計にかけて、各アミノ酸それぞれに重窒素が含まれているのか解析してみました。

実験後、ネズミの体内のロイシンには重窒素がもちろん含まれていました。

さらに判明したことは、他のアミノ酸であるグリシン、チロシン、グルタミン酸などにも重窒素が含まれてることです。
つまり重窒素を含むアミノ酸は、ロイシンだけではなかったということになります。
体内に取り込まれたアミノ酸は、さらに細かく分子レベルまで分解されて、その後改めて再分配され、各アミノ酸を再構成するに至り、各組織のたんぱく質へと組み上げられたのでした。
このことからはっきりわかったことがあります。
それは、絶え間なく分解されて入れ替わっているものは、アミノ酸よりも下位レベルである分子レベルであるということです。

私たちは、皮膚や髪の毛、つめなどが絶えず新生し、古いものと入れ替わっていることを実感しています。
ところが実感のない体内の臓器や、一見、固定的に見える歯や骨ですら、その内部では絶え間ない分解と合成が繰り返されているのです。
わたしたちが「自己」と認識しているものには、「流れ」そのものしか存在しないことになるのです。

なぜ私たちの身体は、絶え間なく入れ替わることをえらんだのでしょうか?
第一に、常に合成と分解を繰り返すことによって、傷ついたたんぱく質や、変性したたんぱく質を取り除き、これらが体内に留まることを防ぐことができるからです。
第二に、合成の途中でミスが生じた場合でも、素早く修正することができるからです。
これらの理由によって、非効率的で、消費的にみえる合成と分解を繰り返し、不要なものを排出し、常に「自己」を修復することで、生命という秩序を保っているのであります。

体内で行われる「流れ」に逆らうことなく、一定のバランスを保つようにコントロールすることが、健康において重要です。

そして、万が一体調を崩してときでも、このような消化・吸収が続く限り、健康に戻る可能性を感じることができるのではないでしょうか。