脊髄梗塞の症例 (中編)
- 7月2日
- 読了時間: 4分

― 脊髄梗塞発症後の5年間の記録 ―
前回は、脊髄梗塞という病気についてご紹介しました。
今回からは、実際に私が関わらせていただいた患者さんの経過をお話ししたいと思います。
私が初めて患者さんとお会いしたのは、急性期治療を終え、退院前の一時帰宅が許可されていた頃でした。
当時の状態は決して楽観できるものではありませんでした。
両足の感覚はほぼ消失。
移動は車椅子。
歩行は不可能でした。
しかし、患者さんを最も苦しめていたのは歩行障害だけではありませんでした。
排泄機能の障害です。
排尿感覚は失われ、尿を留めておくこともできません。
そのため、おむつや尿取りパッドを使用しながら生活されていました。
さらに排便も大きな問題となっていました。
自力で排便することができず、ラキセベロンを使用して週に一度排泄する状態でした。
しかし、それは単なる便秘とは異なります。
薬を服用してから24〜36時間後に作用するため、いつ排便が始まるのか分からない。
しかも便意がないため、自分では排便のタイミングを把握できません。
さらに、一度出し切ったと思っても、その後に再び軟便が漏れ出ることもありました。
患者さんは後に、
「外出するのが怖かった」
と話してくださいました。
歩けないことも辛い。
しかし、いつ便が漏れるか分からない不安は、それ以上に生活を制限していたのです。
脊髄梗塞では、歩行障害ばかりが注目されます。
しかし実際には、排尿や排便の障害が患者さんの生活の質を大きく低下させることも少なくありません。
そんな中、患者さんから興味深い話を伺いました。
入院中、くるぶし付近から足先にかけての皮膚が、まるで靴下を脱ぐように一枚きれいに剥がれ落ちたというのです。
もともと長年水虫に悩まされていたそうですが、その後、水虫は完全に消失したとのことでした。
医学的な因果関係は分かりません。
しかし神経や血流、自律神経機能の変化が皮膚代謝に影響を与えた可能性も考えられます。
非常に印象的なエピソードでした。
治療では、麻痺した足だけを診ることはしませんでした。
東洋医学では、身体を部分の集合としてではなく、一つの全体として捉えます。
そのため、
呼吸
腹部の状態
全身の循環
下半身への気血の巡り
こうした身体全体の状態を確認しながら施術を進めました。
すると治療開始から半年ほど経過した頃、最初の変化が現れます。
右足の感覚が回復し始めたのです。
立位保持ができるようになり、歩行練習へ移行できるようになりました。
さらに一年ほど経過すると、右足の筋力も向上し、ペットの犬の散歩へ出かけられるまでになります。
患者さんにとって大きな喜びだったことは間違いありません。
そしてこの頃から、
「もう一度ゴルフがしたい」
という言葉を口にされるようになりました。
発症前、患者さんは熱心なゴルファーでした。
突然歩けなくなった時には、二度とクラブを握ることはできないと思っていたことでしょう。
しかし身体の回復とともに、未来への希望も少しずつ戻ってきたのです。
一方で、左足には重い後遺症が残っていました。
膝を曲げることができない。
足首も動かない。
足の指も全く動かない。
さらに腰から臀部、大腿部にかけての皮膚感覚も失われていました。
歩行時には左足を大きく振り回すような動作となり、足裏には大きな胼胝(タコ)が形成されました。
そのため特注の靴を使用する必要もありました。
それでも患者さんは諦めませんでした。
治療開始から二年が経過する頃には、一時間程度の歩行が可能になります。
また、消失していた皮膚感覚も徐々に回復し、
「触られていることが分かる」
という状態まで改善していきました。
しかし左下肢の麻痺だけは大きく残ったままでした。
改善する部分と改善しない部分。
希望と現実。
その両方を抱えながら治療は続いていきました。
そして治療開始から約五年。
患者さんご本人から、
「今後はリハビリを中心に頑張ってみたい」
という申し出がありました。
十分な改善も得られていたことから、治療は一旦終了することになります。
それから約四年。
私は再び、この患者さんと向き合うことになるのです。
新型コロナウイルスの流行によって、社会全体が大きく変化した頃のことでした。



コメント