食べ物の行方 (中)
重窒素(N15)を使うことで、特定のアミノ酸を追跡できることを見つけたシェーンハイマーは、ネズミの餌にこのアミノ酸を混入し、どれだけの重窒素が体内に留まるのかを調べました。 どれくらいの重窒素が体内に残ったのでしょうか? シェーンハイマーは、成人したネズミでは、ほとんどが体外に排出されると予想していました。 実験結果は、尿としては投与量の27.4%、糞としては2.2%と、体外に排出された量は、二つを合わせても全体量の三分の一にも及びませんでした。 それでは残りの重窒素はどこへ行ったのでしょうか? 答えは、投与量のなんと56.5%が、身体を構成するたんぱく質の中に取り込まれていたのです。 しかも、その取り込み場所を探ってみると、身体のあらゆる部位に分散されていたことがわかりました。 取り込み率が高いのは、腸壁、腎臓、脾臓、肝臓などの臓器と、血清(血液中のたんぱく質)であり、消耗しやすいと考えられていた筋肉への取り込み率ははるかに低いことがわかりました。 このようにシェーンハイマーの予想は完全に外れてしまったのですが、新たな発見もありました。 一つは、恐ろしく速いスピードで、たんぱく質が多数のアミノ酸に一度、バラバラになり、その後一から紡ぎ合わされて新たにたんぱく質に組み上げられるということです。 もう一つは、体重が増加していないことから、新たに作り出されたたんぱく質と同じ量のたんぱく質が恐ろしく速いスピードで、バラバラのアミノ酸に分解され、体外に排出されていることです。 たった三日間の食事によって、ネズミを構成しているたんぱく質の約半数が、がらりと置き換えられたことになります。 この実験から判ったことの一つに、我々の肉体を構成している細胞内では、分子レベルでの恐ろしいほど速いスピードの入れ替えが行われていることです。 私たちの感覚では、「己」という外界とは隔てられた個物としての実態があるように思ってしまうのですが、分子レベルにおいて担保されているものは存在しないことになるのです。 まさに「諸行無常」であり、「生きている」ためには、高速で行われている「入れ替わり」がきちんと行われている必要があるのです。