鬼は外、福は内
- 4 日前
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大寒の最中に訪れる節分
二至二分が語る「春だけが重視された理由」
一年で最も寒さが厳しいとされる大寒。吐く息は白く、自然界はすべてが止まっているように感じられる時期です。
その大寒の最中、2026年の節分は2月3日に巡ってきます。そして翌日の2月4日が立春。暦の上では、ここから春が始まります。
節分とは、単なる行事の日ではありません。それは、一年の流れが切り替わる境目として、古来より特別な意味をもってきました。
本来、節分は年に四回あった
節分とは文字通り「節を分ける日」。立春・立夏・立秋・立冬――それぞれの前日すべてが節分でした。
ところが現在、「節分」と言えば春のみが語られます。
なぜ春だけが残ったのか。その答えは、古代の暦思想、二至二分にあります。
二至二分が示す一年の骨格
東洋の暦では、一年は次の四点によって構成されていました。
・冬至・夏至・春分・秋分
これを二至二分と呼びます。
冬至と夏至は、陰陽が極まる点。春分と秋分は、陰陽が等しくなる中庸の点。
この循環こそが、自然界の基本構造でした。
特に重視されたのが冬至です。陰が極まり、そこから「一陽来復」として陽が生まれる瞬間。
しかしこの陽は、まだ内側に芽生えた段階にすぎません。実際に自然界が動き始めるのは、立春からなのです。
春は「一年の始まり」だった
現代では元日が一年の始まりですが、農耕社会においては、立春こそが新年でした。
土が緩み、種を蒔く準備が始まる。生命が動き出す季節。
だから春は、四季の一つではなく、時間が新しく生まれ変わる季節だったのです。
このため立春の前日――節分は、旧年と新年を分ける重要な結界となりました。
平安時代には宮中で「追儺(ついな)」の儀式が行われ、江戸時代になると庶民の間にも広く浸透していきます。
こうして「節分=春」という意識が定着していきました。
鬼とは何だったのか
節分に登場する鬼は、空想の存在ではありません。
「鬼」という字は「隠(おん)」に由来し、目に見えないもの、不安定なものを意味します。
季節の境目には、気が乱れやすい。寒暖差、疫病、心身の不調。
それらを象徴した存在が鬼でした。
豆をまくという行為も、五穀の生命力と火の力を借り、陰の停滞を断ち切るための儀礼だったのです。
大寒の最中に節分がある理由
節分が大寒の最中に置かれているのは偶然ではありません。
陰が最も深い時期だからこそ、次の陽へと切り替える準備が必要だった。
実際、この頃を境に、花粉症を発症する人が増えてきます。
今年は特に、その反応が例年より二週間ほど早いようにも感じられます。
これは花粉量だけではなく、自然界の陽気の立ち上がりに身体が先に反応しているとも考えられます。
東洋医学が易の思想を基盤としているのは、身体もまた、自然と同じ変化の法則の中にあると捉えるからです。
鬼と福、邪気と生気
鬼とは、巡らなくなった気。福とは、動き始めた生気。
「鬼は外、福は内」とは、邪気を祓い、生気を迎えるという身体調律の言葉でもありました。
節分は何かを追い払う日ではなく、新しい巡りを迎え入れるための日。
二至二分が示す宇宙のリズムは、そのまま私たちの身体の中でも起こっています。
大寒という深い静けさの中で迎える節分。それは、春という始まりが、すでに内側で息づいていることを知らせる合図なのかもしれません。



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