祖母の逝き方
第三話
祖母は、102才でこの世を旅立ちました。
特別養護老人ホームの一室で、10日間眠り続けて最後の日を迎えました。
寝ている祖母は、水分も食べ物も摂らず、目を一度も開けることなく、一言もしゃべることなく、ただひたすらに穏やかに呼吸をしていました。
見た目では、まったく無反応になってしまった祖母でしたが、会いに行くたびに何かのきっかけで息を吹替えし、再び目を開けてくれるような衝動が込み上げてきます。
とくに呼吸に問題があるわけではなく、ただ目を開けてくれないことに戸惑っていました。
この時、「老衰」がどのようなものなのか明確に理解していませんでした。
以前に、ある患者さんから「老衰」について聞いたことがありました。
老衰とは、「数日間、何も食べず、水分すらほとんど摂らずに、苦しむことなく亡くなること」だと教えてもらいました。。
しかし、眠り続けている祖母を見るたびに、目を開けるのではないかという微かな希望を捨てきれません。
わかっているつもりでも、点滴を打てばまだ意識が戻るのではないかと迷いました。
そんな折、逆に医師から今点滴をすれば祖母が苦しむことを指摘されました。
祖母を担当してくれた医師は、病院勤務をしていた頃、見取りの最後段階で点滴をすることで苦しむ人を沢山診てきたそうです。
私も頭ではわかっているのですが、感情では別のことを考えていました。
九日目、祖母の「胃の気」を確かめる行動に出ました。
母は、祖母が眠るようになってから、毎日のように祖母の舌を水を含ませたカーゼで拭いていました。
舌が真っ赤になり、少し血が滲むようになっていたのが印象的です。
水分を摂らなくなったことで、「陰虚」が進行していることがわかります。
「胃の気」を確かめることは、生きる力の源である消化能力を見ることです。
施設の自動販売機でぶどうジュースを購入し、カーゼに液体を染み込ませて舌の上に置いてみました。
その直後の脈診で、脈が途絶えたことを確認しました。
たまたま祖母の血圧を測ってくれていたヘルパーの方も、突然、脈が消えたことに戸惑っていましたが、しばらくして再び脈が戻り、不思議そうにしていました。
そのとき、なぜ脈が途絶えたのかを理解できたのは、私だけでした。
胃の気がないことを確認した私は、祖母が間もなく旅立つことを覚悟しました。
そして明くる日の夕方、治療院に母から電話があり、祖母の死を知りました。
帰宅後、すぐに施設に駆けつけると、色白で、艶々した肌で横たわる祖母がいました。
その姿は、まるで若返ったように見えて、昔の祖母を思い出していました。
祖母は、眠るようになってから一度も苦しむことなく、静かにこの世を去りました。
祖母の逝き方は、私にたくさんのことを教えてくれました。
そして東洋医学の叡智を再確認する貴重な経験となりました。
薬に頼らず、身体にやさしい治療法があります薬には副作用があり、長期的に使用したくはありません。 鍼灸治療は、みなさんの体質と体調に合わせた優れた治療法です。 | ||
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