「牛になる」

食後、眠たくなるのは当たり前のこと。
理由は、食物が胃腸に入ると消化が始まり、血液が胃腸に集まるからで、それによって頭の血液が不足し、眠気が生じます。
全身の血液が消化器に集結するので、食後すぐの入浴や激しい運動は控えるのが賢明のようです。
「食後に一時間ほど休むことが健康上にまことに結構」と「ことわざ医学事典(朝日文庫)」に記載がありました。
確かに飲食の消化には大量の血液が胃腸に集まるので、血液が全身に散るような行動は慎む方が良いような気がします。
一か月前にテーブルの角に右の脇腹を打ち付けて負傷した80代のTさん、ようやく脇腹の痛みが癒えてきたところでしたが、今度は逆流性胃炎で悩むことになりました。
朝から吐き気があり、突き上げてくる胃液をトイレで吐き出すほどです。
問診にて詳しく原因を探ってみると、二日前の昼、チャーハンを食べた後から胃酸が逆流するようになったとのこと。
どうやら少し食べすぎたようで、それが原因と推測できました。
治療の際、横になって仰向けに寝てもらうのですが、しばらくすると「ゲポッ」とゲップとともに泡状の胃液や唾液が込み上げるようです。
体表観察では、「気滞からの気逆」と「胃実」の二つが新たに生じたことが分かります。
みぞおち辺りの緊張を緩め、胃の腑の調整を行いました。
治療中、何度もティッシュに唾を出していましたが、治療終盤頃になってようやく込み上げる現象を収束することができました。
Tさんは、昔から逆流性胃炎を起こしやすい体質で、発症するたびに治療でコントロールしてきました。
今回は特に吐き気が酷く、横に寝るだけでゲホゲホと胃酸や食べ物が込み上げます。
この様子を見ていると、「食べてすぐ寝ると牛になる」のことわざが真に思えます。
食べてすぐ寝ることの問題は、牛のように大きくなることではなく、寝そべって草を反芻する牛の姿と同じになるということではないでしょうか。
食物が胃で消化されるには4、5時間かかるようで、消化物が幽門部を経て十二指腸に入るまでは寝ることは控える方が良いように思います。
ちなみに貝原益軒は養生訓の中で以下のように著しています。
「若い人は食後に弓を射、槍や太刀を稽古し、体を動かし歩行するのが良い」
ただし、「動かしすぎは良くない」と注意喚起も忘れていません。
Tさんのような老人は、「その気や身体に応じて、少し動くのが良い」としています。
横になって寝ることどころか、脇息によりかかって一箇所で長く楽な姿勢で座ることを禁じています。
理由は、気血を滞らせてしまい、飲食が消化しにくくなるからです。
脾胃の弱い人や老人は、もち、団子、饅頭などの冷えて硬くなったものを食べない方が良いとしています。
理由は消化しにくいからで、干菓子や生菓子の類を食べるときは加減すること、夕食のあとは禁止することを勧めています。
「食べてすぐ寝ると牛になる」
昔の人のことわざには、耳を傾けた方がよさそうです。
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