- 小島 秀輝
発汗 銀盤のフェアリー④
初診時、冷えによって消化器の機能低下が起こり、それによって生じた「ふらつき」が主訴でした。
これを治療する処方は、漢方薬で例えると「理中湯」になります。
理中湯は、人参、白朮、乾姜、炙甘草で構成されます。
人参と炙甘草は、冷えによって弱っている「脾の臓」の働きを助けます。
乾姜と白朮によって、中焦(消化器である胃と脾のこと)の陽気を上げることで、寒と湿の邪気を取り除きます。
服用の際、「熱い粥を一碗食すことで腹中が温かくなり、病が癒える」とあります。
初診時の和鍼治療院での治療は、これと同じ内容を鍼灸で施術したことになります。
また養生指導として、生姜やシナモンを食材に加えてもらうように勧めました。
シナモンロールのシナモンは、漢方薬の桂枝です。
桂枝には、皮膚を温めて気の流れを良くする働きがあります。
生姜は、理中湯の乾姜で同じで、乾燥しているか、生かの違いです。
ちなみに乾燥させた生姜の方が生の生姜よりも温もる力が高いとされています。
2回目の治療後、2、3日が経過したころに腕に蕁麻疹がでるようになりました。
翌日には背中にも蕁麻疹が出て、夜も眠れないほどの痒みがあったそうです。
初診以降、食事の際には生姜を入れるようにお母さんが工夫されていたようです。
その効果もあって、Mちゃんの中焦(消化器である胃や脾がある場所)の冷えが無くなりました。
手の平や足裏がとても温かくなりましたが、皮膚から汗が出ませんでした。
そのことが気になっていたのですが、その不安が的中することになります。
3診目の治療の主訴は、「蕁麻疹」です。
初診時の「ふらつき」、2診目の消化器(胃や脾)と主訴が変化してきました。
身体の声を聴いてみると、今回は身体の内部に「熱」があることが分かります。
痒みの原因が内熱であることが判明し、予想通りの状態に少し安心しました。
早速、内熱を取り除く施術をしたところ、皮膚の痒みが瞬く間に消失しました。
それと同時に、手の平と足裏の温かさも消失します。
体内の熱を外へ出しすぎたのではないかと心配したのですが、手の甲と足の甲に温もりが移動したことが印象的です。
このことは、手の平や足裏の陰経から手の甲と足の甲の陽経へと陽気が移動したことを意味します。
つまり気のバランスが正常な状態へと戻ったということです。
さらに外側の皮膚(蕁麻疹が出ていた部位)が、潤いがなく、かさついていることも確認できました。
太陽を浴びて日焼けする外側の皮膚は、東洋医学において三陽の経絡が流注していて、陽気が多い特徴があります。
背中には太陽膀胱経の経絡が走行し、やはり陽気を帯びやすいところです。
腕の外側、背中の肩甲間部の皮膚のキメが荒く、乾燥してカサカサしています。
これらは発汗ができないことに関係していることが想像できます。
寒いスケートリンク上での練習は、寒邪にさらされるため、冷えが容赦なく身体を侵します。
Mちゃんの練習環境は以前のところよりも寒さが厳しく、練習時間も週6回と増加しました。
さらに練習場までの移動距離が遠くなったので、練習後の冷えた状態が長くなりました。
これらの条件により、外邪である寒の影響を強く受けるようになったことは間違いありません。
一方で、皮膚には外部からの邪気を防ぐ役割があり、肺の臓と太陽経(膀胱と小腸の腑)が外邪の侵入を防ぐ役割を担っています。
一般的な風邪は風と寒の邪気が原因となり、「脈浮、頭項強痛して、悪寒する」という初期症状が現れます。
脈浮というのは、邪気が体表を襲った際、身体を護る衛気(肺と膀胱が関係)が抵抗を開始するため、体表の皮膚に向かうことで起こります。
皮膚に衛気が集まり出すと、脈はこれに応じて皮膚の浅いところで拍動するようになります。
脈が皮膚の浅いところで拍動すると、脈診では脈が浮いたように感じます。
これを浮脈と呼んでいます。
脈が皮膚の表面付近で拍動するということは、体内の熱を外へ出そうとする作用とも言えます。
熱い夏など体内の熱を発散するとき、発汗によって体内の熱を漏らし、汗が乾く際の気化熱で皮膚表面の熱を発散する現象です。
逆に、冬のような寒い時期は、脈は皮膚表面よりも深いところで拍動し、体内の熱をもらさないように自律神経の働きで調整されています。
自律神経の働きは優れた人工知能であり、自動的に体温調整されていることがわかります。
この人工知能の働きがあるので、いきなり消化器が冷えることはありません。
ところが初診時のMちゃんの体調は、「脾の臓」の陽気が衰退し、便がゆるくなり、食欲も低下するような状態でした。
東洋医学ではこの状態を「太陰病」とし、邪気(冷え)が「裏に入る」と呼んでいます。
通常、邪気が人体を襲う場合、表である皮膚(肺や太陽経)の衛気が防衛に動くので、「脈浮、頭項強痛して、悪寒する」という状態になります。
風邪の初期段階、寒気がしたり、頭が痛くなったりするのは、このことを意味します。
この状態を太陽病と呼びます。
東洋医学では、風邪の病態変化を6段階に区別し、それに応じた治療方法を用います。
太陽病 → 陽明病 → 少陽病 → 太陰病 → 少陰病 → 厥陰病という順番に邪気は伝経します。
太陽から少陽までは三陽で陽の経絡に邪気があり、太陰から厥陰までは陰の経絡に邪気があることになります。
陽経の中でも太陽病の場合、邪気が表にあって、裏は邪気に侵されていません。
陽明病以降は、邪気が裏に入りこむため、内臓の機能にも影響が及ぶことになります。
これから先は話がとても難しくなるので割愛しますが、太陽病の段階だけ邪気が「表」にあり、陽明病以降は邪気が「裏」に入ると理解してください。
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